(そのときに提出したパネルです。クリックすると縮小拡大ができます。)
2009年1月25日日曜日
2009年1月24日土曜日
2009年1月15日木曜日
RULER TAPE
切り貼りできるものさし、『RULER TAPE』。
人間の身長、モノの大きさ、紐の長さ…
数字にするとイメージがとても伝わり易くなりますね。
それだけ一般の人は日常的に「長さ」を目の当たりにしているのです。
しかし、「30センチはこのくらい。」と思っても、案外ずれていたりしますよね。
そういった誤差があるのもまた事実なのです。
「長さ」はこんなにも日常で使われているのに、こんなにもわかりにくい。
そんな着眼点からこのテープは生まれました。
このRULER TAPEは次のような2通りの使い道があります。
1)「長さ」のコミュニケーションツール
普段なにげなく見過ごしている「長さ」。
例えば、自分の腕の長さって知っていますか?
「そんなもん知ってどうするんだ?」って声が聞こえてきそうですが、
僕は実際シャツを買うときに、袖○○㎝って書いてあってもなかなか参考にならないことがありました。
やがて、いつの間にか、「袖が○○㎝ならちょうど良い」という基準を設けている自分に気づきました。腕の長さに合わせて袖を決めるのではなく、過去の袖の長さを参考にシャツを選んでいたんですね。
店員さんも「腕が○○㎝のあなたにはゆったり目が袖が○○㎝、ピッチリ着るなら○○㎝がおすすめです。」って意見が言えると思うんですよね。
長さという曖昧なものを、はっきりさせておくことで解決されるコミュニケーションがたくさんあるはずです。
2)ものの長さを可視化する
貼って長さを可視化し、書き込むことで保存することもできます。
例えばうちの母が前にやっていた内職で、決められた長さにコードを切るという仕事がありました。
40㎝に切るコード、55㎝に切るコード、60センチに切るコード…
三種の長さのコードを一本にまとめる作業なので、一本一本長さを測りながらやらなくてはいけません。
そのときに、机にルーラーテープを貼って、必要な長さを書き込んで保存しておくことで、
どこでコードを切ったらよいかという「基準」ができるのです。
で、2つの使い方以外にも
3)その他、可能性を秘めたテープ
であると言えます。
また、テープなので、長さがわかり辛い曲面でも長さを可視化することができます。
「長さという”見えないもの”が”見える”こと」自体が面白いと僕は思います。
「これが10cmしかないの?」「これ、20cmぴったりじゃん!」と、新しい発見が見つかるかもしれません。
「ショルダーバッグの長さは80cmがいいな。」などと、自分の新しく具体的な基準が生まれるかもしれません。
シンプルなだけに「長さ」を可視化する面白さを十分に楽しめるテープです。
2009年1月14日水曜日
経年変化
太陽の日差しに含まれる紫外線により色素が失われないための実験。
高い所から落としても傷つかないかを試す実験。
コーヒーをこぼしても洗えば完璧に落ちるかどうかの実験。
どれも大切な実験である。
でも、僕は卒業研究でこれらの実験にアンチテーゼを示そうとしている。これは企業に入る前にやっておきたいとこの一つだった。
経年変化と聞いても、あまりピンと来ない人も多いと思う。
昔の製品は、劣化することを防ぐということは二の次の話であった。もちろん、機能を維持するための強度は必要だったが、キズ一つついた所で買い替えることはしなかったし、色褪せたからダサイということもなかった。
でも、素材や技術の発展により限りなくキズがつく可能性をゼロに近付けた製品が沢山開発された今は、キズというものは単なる劣化で、ネガティブな要素でしかないと断言されてしまうようになった。
僕はそこはおかしいと思う。
確かに、最初のキズというものは正直ダサイかも知れないが、それがどんどん増えていけばいくほど使い込んだ味わい深さが出てくるのではないかと思う。あくまでも噂だがipodの初期モデルの裏側が鏡面仕上げになっているのもそういった意図があるのではということを聞いたことがある。
でも、そういった経年変化というものの「良さ」は必ずあると思う。なぜなら、誰が使っていたかもわからぬヴィンテージ品やアンティーク家具の中古品が存在し、売られているという事実があるからである。
下の写真はうちの大学の今はなき塀。何となくではあるが、何かしらひび割れには魅力がある。

また、デニムジーンズや革のグローブ等は、使い込まれた風合いが独特の味を出すとして、一般に認知された良さを持っている。

上は紙袋の皺の良さにも惹かれた時の写真。実はこの後、深沢氏によるブランド「SIWA」があることを知る。

この皺加工された紙の製品が、皺のランダムな形状の気持ちよさ的なものを象徴している。
また、以下のような伝統的な技術もある。
これは、グッドデザインに参加されていた三信加工さんに聞いたお話だが、昔の日本人は欠けた茶碗をそのまま完璧に復元しようとするのではなく、欠けを活かした「金継」という手法を使って、新しい茶碗に生まれ変わらせていた。
つまり、無理に治そうとして中途半端な状態になるよりも、「欠け」を受け入れて、そこに金を流し込み、高級感の漂う新しい茶碗に仕立てたのである。

この、経年変化を上手く汲み取り、製品の良さとして受け入れていく思想が素晴らしいと思った。
また、話しは少しそれるが、堆朱という技術もある。これは僕の大学の石塚先生に聞いたお話だが、漆を塗る下地を波打たせて、その上に色の違う漆を何層も積層し、表面を平らになるまで磨くことでランダムで美しい模様が浮かび上がるというものだ。下がその技術で作られたお盆。

卒業研究のアイディアを練っていたときに何度もこれを使うことを考えていた。摩擦によって摩耗する経年変化で、この模様が削れてどんどん変わっていったら面白いのではないかと思ったからだ。
しかし、それは経年変化を利用した良さではあるが、経年変化の良さの本質ではなかった。
そこから僕は「味」というキーワードを基に研究を進めていった。
高い所から落としても傷つかないかを試す実験。
コーヒーをこぼしても洗えば完璧に落ちるかどうかの実験。
どれも大切な実験である。
でも、僕は卒業研究でこれらの実験にアンチテーゼを示そうとしている。これは企業に入る前にやっておきたいとこの一つだった。
経年変化と聞いても、あまりピンと来ない人も多いと思う。
昔の製品は、劣化することを防ぐということは二の次の話であった。もちろん、機能を維持するための強度は必要だったが、キズ一つついた所で買い替えることはしなかったし、色褪せたからダサイということもなかった。
でも、素材や技術の発展により限りなくキズがつく可能性をゼロに近付けた製品が沢山開発された今は、キズというものは単なる劣化で、ネガティブな要素でしかないと断言されてしまうようになった。
僕はそこはおかしいと思う。
確かに、最初のキズというものは正直ダサイかも知れないが、それがどんどん増えていけばいくほど使い込んだ味わい深さが出てくるのではないかと思う。あくまでも噂だがipodの初期モデルの裏側が鏡面仕上げになっているのもそういった意図があるのではということを聞いたことがある。
でも、そういった経年変化というものの「良さ」は必ずあると思う。なぜなら、誰が使っていたかもわからぬヴィンテージ品やアンティーク家具の中古品が存在し、売られているという事実があるからである。
下の写真はうちの大学の今はなき塀。何となくではあるが、何かしらひび割れには魅力がある。
また、デニムジーンズや革のグローブ等は、使い込まれた風合いが独特の味を出すとして、一般に認知された良さを持っている。
上は紙袋の皺の良さにも惹かれた時の写真。実はこの後、深沢氏によるブランド「SIWA」があることを知る。
この皺加工された紙の製品が、皺のランダムな形状の気持ちよさ的なものを象徴している。
また、以下のような伝統的な技術もある。
これは、グッドデザインに参加されていた三信加工さんに聞いたお話だが、昔の日本人は欠けた茶碗をそのまま完璧に復元しようとするのではなく、欠けを活かした「金継」という手法を使って、新しい茶碗に生まれ変わらせていた。
つまり、無理に治そうとして中途半端な状態になるよりも、「欠け」を受け入れて、そこに金を流し込み、高級感の漂う新しい茶碗に仕立てたのである。
この、経年変化を上手く汲み取り、製品の良さとして受け入れていく思想が素晴らしいと思った。
また、話しは少しそれるが、堆朱という技術もある。これは僕の大学の石塚先生に聞いたお話だが、漆を塗る下地を波打たせて、その上に色の違う漆を何層も積層し、表面を平らになるまで磨くことでランダムで美しい模様が浮かび上がるというものだ。下がその技術で作られたお盆。
卒業研究のアイディアを練っていたときに何度もこれを使うことを考えていた。摩擦によって摩耗する経年変化で、この模様が削れてどんどん変わっていったら面白いのではないかと思ったからだ。
しかし、それは経年変化を利用した良さではあるが、経年変化の良さの本質ではなかった。
そこから僕は「味」というキーワードを基に研究を進めていった。
フンデルト・ヴァッサー
フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー
オーストラリア生まれの画家であり、建築家の彼は僕の好きな建築家の一人です。彼の作品には物語的な魅力が一杯詰まっていて、かつクラッシクな色使いが中世を思わせます。
建築に関しては定規を使わないで引かれた、自由なのびのびとした線が何とも不思議な世界観を作っています。規格化されていない窓の不揃いな一つ一つも、独特なリズムを刻んでたたずんでいますね。
作品の中には屋上緑化を超えた、森林のようなものや、住宅街の一室に樹が住んでいるような建物もあります。
僕の中の建築という概念をあっさり崩壊させたこの人の作品は、実は日本にもあるんです。
大阪の舞洲工場(ゴミ処理施設)の外観は自然と調和したイメージを与えてくれます。本人がランドマークと表現したこの工場は一目見ておきたいと思います。
また上の大阪キッズプラザにも、広場を埋め尽くす彼の作品があります。こどもの国のようなまとまった世界観が、彼独特のニュアンスに包まれて表現されています。
まるで、子供が統治する子供だけの物語に足を踏み入れてしまったようです。
彼の、建築という枠に囚われない自由な精神は学ぶべきものがあると思います。
Charcoal art
2008年の5月に描いた、木炭によるスケッチです。
小さい頃から風景の絵を描くことが好きだったので、こういうのを描いている時はとても和やかな気分になります。
美味い下手は別としてですね。(笑)
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2009年1月13日火曜日
A Worker's Rest
ショッピングモールmorisia津田沼店にて展示会「Park」を行ったときの作品。
「労働者の一息」というタイトルで展示された“新聞と手”は公園のベンチに取り付けて展示する予定でした。

展示スペースの問題や予算の問題でベンチは持ち込めなかったのですが、通りがかった方々に思い思いのコメントを頂きました。

普段はデザインの活動を公表しない、子供達や彼らを連れた親御さんたちの生のリアクションを間近で見れたことが何よりの収穫でした。
。
この展示会の参加者に課せられた共通のテーマは展示会の名の通り「公園」です。
ショッピングモールmorisiaでの展示という異色な空間でどれだけ人を楽しませることができるか?という挑戦でもありました。

もともとはこのオブジェ、
サラリーマンが一人でベンチに座ってお弁当を、他人の目を気にせず食べれるためのパーティションとして提案しました。
しかし、この展示会自体がデザインを学んできた僕たちにとって初めての「自由表現の場」だったので、デザインに囚われないモノ作りをしたいという意識でこの作品を作りました。
もちろん、そういった人達は遊具等は必要とはしません。
“場所”が必要でやってくるのです。
試しにこの作品を公園に置いてみると、明らかに“Poor”なイメージを抱きます。
公園には場違いで、スーツ姿の中年男性に社会からはじかれたイメージを抱いてしまうからです。
「労働者の一息」というタイトルで展示された“新聞と手”は公園のベンチに取り付けて展示する予定でした。
展示スペースの問題や予算の問題でベンチは持ち込めなかったのですが、通りがかった方々に思い思いのコメントを頂きました。
普段はデザインの活動を公表しない、子供達や彼らを連れた親御さんたちの生のリアクションを間近で見れたことが何よりの収穫でした。
。
この展示会の参加者に課せられた共通のテーマは展示会の名の通り「公園」です。
ショッピングモールmorisiaでの展示という異色な空間でどれだけ人を楽しませることができるか?という挑戦でもありました。
もともとはこのオブジェ、
サラリーマンが一人でベンチに座ってお弁当を、他人の目を気にせず食べれるためのパーティションとして提案しました。
しかし、この展示会自体がデザインを学んできた僕たちにとって初めての「自由表現の場」だったので、デザインに囚われないモノ作りをしたいという意識でこの作品を作りました。
もちろん、そういった人達は遊具等は必要とはしません。
“場所”が必要でやってくるのです。
試しにこの作品を公園に置いてみると、明らかに“Poor”なイメージを抱きます。
公園には場違いで、スーツ姿の中年男性に社会からはじかれたイメージを抱いてしまうからです。
2009年1月11日日曜日
展示テーマ
今日は外部展の学生のみのミーティングがありました。
今日の目的は13日と15日のチェックに向けたDMイメージの決定と、それを含む展示会自体のコンセプトの方向性を決めることでした。展示会のコンセプトというものに直面したのは実は僕自身初めてです。
まずは8日の全体会議からの宿題として、考えてきた自分たちの展示イメージ案をプレゼンしました。
僕はどちらかと言うと、展示空間メインのコンセプトで多少抽象的な案を出しました。
もともと、ディスプレイ業界に興味を持っていた僕は、銀座等のショウウィンドウデザイナーに憧れていました。店舗のイメージをのびのびと表現できる、そういう仕事に就きたいと考えていた時期もありました。
その名残か、「展示」と聞くと「ディスプレイ」と直結して考えずにはいられず、「どのように世界観を作って来客者に作品を見てもらいたいか」を考えたくなるのです。
どんな内容かと言うと、テーマは「繭」です。
僕たちの学校は工業系の大学で、デザインという分野に置いてはまだまだ知名度が少ないというのが現状です。
しかし、僕たちは徐々にデザイン界に進出しつつあります。
今年は某有名自動車メーカーのワークショップに招待されたり、数々のコンペティションで入賞したりと、知名度は右肩上がりだと自負しています。(結構充実した一年だったなあ。笑)
その原動力となったのが、「学生生活ののびのびさ」だと考えています。
美術大等のライバル達は、小さい頃からデザイナーを目指し、訓練を積み、さらに美術大学という厳しい環境に身を置いてびしばしと自分を追いつめています。なぜなら、センスがモノをいう授業の連続と、有名講師陣に鍛えられるチャンスが次々と舞い込んでくるほどの知名度があるというプレッシャーに苛まれているからです。
そこからひねり出された作品達は、いうまでもなく威圧感や完成度が素晴らしいものになっています。
もちろん、それは一つの方向性として敬うべきだと思います。
でも僕たちは、どちらかと言うと、マーケティング調査の方法や、素材に対する印象の評価、客観的な立場からユーザーのニーズに応える訓練など、実用的でロジカルなデザイン展開を繰り広げています。
つまり、デザインのアプローチの方法は美的センスだけではないのです。(別に僕たちがセンスで劣っていると認めた訳ではありませんよ!)なので、カッコいいものを作る!という点では美大に劣るかもしれませんが、デザインする立場では少なくとも同じスタートラインに立っていると言えるのです。
そういった過程でデザインすることこそが僕たちの売りでもあり、僕たちの色であるわけです。
その色をどうにか展示に取り込もうとしたときに、僕たちのストーリーを「繭」として表現することを思いつきました。
僕たちの作品は研究と言うロジックの「糸」によって作られた、社会へ飛び立つ前の最後の関門「繭」なのです。
理系ということもあって、研究中は数字との格闘でした。美大生が材料を盛ったり削ったりしているその頃、僕たちはパソコンとにらめっこをしていたのです。
研究は発見と苦悩の連続でした。実験がうまくいかず、いらだったり泣きわめきたくなる時期も多々ありました。
その苦悩のひとつひとつを「糸」で表現しました。
僕たちは仲間同士で糸を紡ぎ合い、お互いの支えとしていたのです。
一本の糸にはそれだけの深い価値が込められています。
また、卒展は卒業する前の最後の関門です。
繭の中で糸を出し尽くし、期が熟したさなぎは成虫になって社会の荒波に飛び立って行きます。
社会へ飛び立ったあとの姿は、今よりもさらに一皮むけた姿になるでしょう。
来場者には、その成虫に対する期待も感じてほしかったのです。
かといって、繭を展示会場に置く訳ではありません。
繭は抽象的なシンボルとして掲げ、展示イメージは作品、もしくは展示会場自体を繭と見立てたディスプレイにしたいのです。
そして、この展示会が終わったとき、晴れて僕たちは繭を破り、社会へ飛び立つのです。
と締めくくったところで、僕は来年度は院に進学するわけですが…。
以上が僕の案で、今日は結局10案近くに絞った程度でミーティングは終了。その後秋葉原へ行って4000円で愛用のMac bookのメモリーを4GBに増設しました。
いまは文章を打つのが取っても快適です。
イラストレーターとフォトショップを同時に起動できるってすばらしい!
今日の目的は13日と15日のチェックに向けたDMイメージの決定と、それを含む展示会自体のコンセプトの方向性を決めることでした。展示会のコンセプトというものに直面したのは実は僕自身初めてです。
まずは8日の全体会議からの宿題として、考えてきた自分たちの展示イメージ案をプレゼンしました。
僕はどちらかと言うと、展示空間メインのコンセプトで多少抽象的な案を出しました。
もともと、ディスプレイ業界に興味を持っていた僕は、銀座等のショウウィンドウデザイナーに憧れていました。店舗のイメージをのびのびと表現できる、そういう仕事に就きたいと考えていた時期もありました。
その名残か、「展示」と聞くと「ディスプレイ」と直結して考えずにはいられず、「どのように世界観を作って来客者に作品を見てもらいたいか」を考えたくなるのです。
どんな内容かと言うと、テーマは「繭」です。
僕たちの学校は工業系の大学で、デザインという分野に置いてはまだまだ知名度が少ないというのが現状です。
しかし、僕たちは徐々にデザイン界に進出しつつあります。
今年は某有名自動車メーカーのワークショップに招待されたり、数々のコンペティションで入賞したりと、知名度は右肩上がりだと自負しています。(結構充実した一年だったなあ。笑)
その原動力となったのが、「学生生活ののびのびさ」だと考えています。
美術大等のライバル達は、小さい頃からデザイナーを目指し、訓練を積み、さらに美術大学という厳しい環境に身を置いてびしばしと自分を追いつめています。なぜなら、センスがモノをいう授業の連続と、有名講師陣に鍛えられるチャンスが次々と舞い込んでくるほどの知名度があるというプレッシャーに苛まれているからです。
そこからひねり出された作品達は、いうまでもなく威圧感や完成度が素晴らしいものになっています。
もちろん、それは一つの方向性として敬うべきだと思います。
でも僕たちは、どちらかと言うと、マーケティング調査の方法や、素材に対する印象の評価、客観的な立場からユーザーのニーズに応える訓練など、実用的でロジカルなデザイン展開を繰り広げています。
つまり、デザインのアプローチの方法は美的センスだけではないのです。(別に僕たちがセンスで劣っていると認めた訳ではありませんよ!)なので、カッコいいものを作る!という点では美大に劣るかもしれませんが、デザインする立場では少なくとも同じスタートラインに立っていると言えるのです。
そういった過程でデザインすることこそが僕たちの売りでもあり、僕たちの色であるわけです。
その色をどうにか展示に取り込もうとしたときに、僕たちのストーリーを「繭」として表現することを思いつきました。
僕たちの作品は研究と言うロジックの「糸」によって作られた、社会へ飛び立つ前の最後の関門「繭」なのです。
理系ということもあって、研究中は数字との格闘でした。美大生が材料を盛ったり削ったりしているその頃、僕たちはパソコンとにらめっこをしていたのです。
研究は発見と苦悩の連続でした。実験がうまくいかず、いらだったり泣きわめきたくなる時期も多々ありました。
その苦悩のひとつひとつを「糸」で表現しました。
僕たちは仲間同士で糸を紡ぎ合い、お互いの支えとしていたのです。
一本の糸にはそれだけの深い価値が込められています。
また、卒展は卒業する前の最後の関門です。
繭の中で糸を出し尽くし、期が熟したさなぎは成虫になって社会の荒波に飛び立って行きます。
社会へ飛び立ったあとの姿は、今よりもさらに一皮むけた姿になるでしょう。
来場者には、その成虫に対する期待も感じてほしかったのです。
かといって、繭を展示会場に置く訳ではありません。
繭は抽象的なシンボルとして掲げ、展示イメージは作品、もしくは展示会場自体を繭と見立てたディスプレイにしたいのです。
そして、この展示会が終わったとき、晴れて僕たちは繭を破り、社会へ飛び立つのです。
と締めくくったところで、僕は来年度は院に進学するわけですが…。
以上が僕の案で、今日は結局10案近くに絞った程度でミーティングは終了。その後秋葉原へ行って4000円で愛用のMac bookのメモリーを4GBに増設しました。
いまは文章を打つのが取っても快適です。
イラストレーターとフォトショップを同時に起動できるってすばらしい!
2009年1月1日木曜日
謹賀新年
2009年あけましておめでとうございますですね。ついに。
なんと言うか、去年はあっという間だったけれどとても頑張った、と自負しておきます。反省する点は山ほどあるんですが、駄目な点を見つけるより良い点を見つける方が難しいと言われる中、良い点が沢山あったのはとてもいいことだと思うからです。
今年は前厄ということもあって、地元の友人達と茨城の神社へ初詣に行き、お守りを買いました。
わざわざ茨城に行ったのは年越しの習慣に花火が沢山うち上がるという噂だったので、それならと言うことで足を運びました。
年越しの花火はとても良いものでした。
めでたい上に日本人の年越しを満喫した気分ですね。冬の寒空を華やかに彩る花火は夏のそれとはまた違った風情がありました。
さて、今年も同じように充実した一年にしたい訳ですが、具体的且つ日常的な抱負を述べたいと思います。
「2009年は料理をする!」
これをスローガンにしたいと思う次第です。
「デザインを学ぶ俺が何でまた料理?」と、一見見当違いの目標のようですが、メインテーマにするにあたって十分な理屈があります。
料理というものは生きた現場であり、一分一秒が命取りの戦場です。
その絶え間ないプレッシャーの中で、「野菜を切って、湯を沸かして、卵を溶いて、調味料を加えて…」などと、瞬時に建設的な手順を踏んでいかなければならないので、とても頭を使う行為なのです。
と偉そうに語ってますが、僕は今まで全然料理というものに挑戦してきませんでした。実家暮らしなのでほとんど母親が作ってくれるからそれに甘えていられたのです。
でも、そろそろ一人暮らしをしている友人達との差が詰められないものになってきたかもしれないと恐怖心を抱き、将来料理が得意な男性になりたいという少々不純な動機も手伝ってこのスローガンを立てるに至りました。
年末、友人を我が家に呼んで開いた鍋大会がとても良いきっかけになりました。
鍋自体はデザイン科学科仲間でしょっちゅうやっているのですが、その日は祖母や母親が朝から餅つきをやっていたので、つきたての餅を拝借してお雑煮を作ったのです。皆が取っても喜んでくれたことが僕の料理魂に火をつけたと言っても過言ではありません。
母親と祖母というこの道○十年のベテラン教師もいるので地道に習得して行こうと考えています。
さてさて、今年はいきなりやらなければいけない仕事が来ました。
卒展委員のスケジュールの整理と、それをメールで送るという仕事です。
年末に2008年最後のミーティングがあり、その時に大まかに決めたスケジュールですが、これを整理するときの先生方の真剣なトークは、並々ならぬ卒展にかける気合いのようなものを感じました。
もちろん僕たちは前々からこのために力を蓄えてきたと言っても過言ではないのですが、ここまで僕たちの卒展を真剣に考えてくれているんだという実感が沸き、とても嬉しく思いました。
こういうこと(先生方が外部へ情報発信することに情熱を注ぐこと)はあたりまえのことなのかもしれませんが…
学内展での他の先生方の態度に見慣れてそのギャップに驚かされました。
その日の議題は、簡単にスケジュールと言ってもミーティングの日程だけではなく、冊子やポスター、サインやDM等のデータ管理、出力方法、入稿日の決定等、1日単位での調整が凄まじいスピードで行なわれていきました。
その日までに必要なもの、ことを書き出し、逆算したり、仕事を割り振ったりというベテランならではの工夫もちらほら交えながらスケジュールは完成しました。
こういった現場に居れたことはとても勉強になりました。スケジュールで三ヶ月も先の日程をこんなにも詳細に考えたことがなかったからです。
今までの計画という概念をひっくり返したようなミーティングでした。
そんなこんなでミーティングでホワイトボードに乱暴に書きなぐられた文字の塊を写真に収め、いまはPDFにまとめて先生にメールで送る最中です。
簡単に引き受けた仕事だけどあの長いミーティングの内容をまとめるのは簡単な仕事ではありませんでした。
隣の研究室にいると、こういう仕事はざらなんだろうなともうと、友人達を尊敬せずにはいられない僕でした。
なんと言うか、去年はあっという間だったけれどとても頑張った、と自負しておきます。反省する点は山ほどあるんですが、駄目な点を見つけるより良い点を見つける方が難しいと言われる中、良い点が沢山あったのはとてもいいことだと思うからです。
今年は前厄ということもあって、地元の友人達と茨城の神社へ初詣に行き、お守りを買いました。
わざわざ茨城に行ったのは年越しの習慣に花火が沢山うち上がるという噂だったので、それならと言うことで足を運びました。
年越しの花火はとても良いものでした。
めでたい上に日本人の年越しを満喫した気分ですね。冬の寒空を華やかに彩る花火は夏のそれとはまた違った風情がありました。
さて、今年も同じように充実した一年にしたい訳ですが、具体的且つ日常的な抱負を述べたいと思います。
「2009年は料理をする!」
これをスローガンにしたいと思う次第です。
「デザインを学ぶ俺が何でまた料理?」と、一見見当違いの目標のようですが、メインテーマにするにあたって十分な理屈があります。
料理というものは生きた現場であり、一分一秒が命取りの戦場です。
その絶え間ないプレッシャーの中で、「野菜を切って、湯を沸かして、卵を溶いて、調味料を加えて…」などと、瞬時に建設的な手順を踏んでいかなければならないので、とても頭を使う行為なのです。
と偉そうに語ってますが、僕は今まで全然料理というものに挑戦してきませんでした。実家暮らしなのでほとんど母親が作ってくれるからそれに甘えていられたのです。
でも、そろそろ一人暮らしをしている友人達との差が詰められないものになってきたかもしれないと恐怖心を抱き、将来料理が得意な男性になりたいという少々不純な動機も手伝ってこのスローガンを立てるに至りました。
年末、友人を我が家に呼んで開いた鍋大会がとても良いきっかけになりました。
鍋自体はデザイン科学科仲間でしょっちゅうやっているのですが、その日は祖母や母親が朝から餅つきをやっていたので、つきたての餅を拝借してお雑煮を作ったのです。皆が取っても喜んでくれたことが僕の料理魂に火をつけたと言っても過言ではありません。
母親と祖母というこの道○十年のベテラン教師もいるので地道に習得して行こうと考えています。
さてさて、今年はいきなりやらなければいけない仕事が来ました。
卒展委員のスケジュールの整理と、それをメールで送るという仕事です。
年末に2008年最後のミーティングがあり、その時に大まかに決めたスケジュールですが、これを整理するときの先生方の真剣なトークは、並々ならぬ卒展にかける気合いのようなものを感じました。
もちろん僕たちは前々からこのために力を蓄えてきたと言っても過言ではないのですが、ここまで僕たちの卒展を真剣に考えてくれているんだという実感が沸き、とても嬉しく思いました。
こういうこと(先生方が外部へ情報発信することに情熱を注ぐこと)はあたりまえのことなのかもしれませんが…
学内展での他の先生方の態度に見慣れてそのギャップに驚かされました。
その日の議題は、簡単にスケジュールと言ってもミーティングの日程だけではなく、冊子やポスター、サインやDM等のデータ管理、出力方法、入稿日の決定等、1日単位での調整が凄まじいスピードで行なわれていきました。
その日までに必要なもの、ことを書き出し、逆算したり、仕事を割り振ったりというベテランならではの工夫もちらほら交えながらスケジュールは完成しました。
こういった現場に居れたことはとても勉強になりました。スケジュールで三ヶ月も先の日程をこんなにも詳細に考えたことがなかったからです。
今までの計画という概念をひっくり返したようなミーティングでした。
そんなこんなでミーティングでホワイトボードに乱暴に書きなぐられた文字の塊を写真に収め、いまはPDFにまとめて先生にメールで送る最中です。
簡単に引き受けた仕事だけどあの長いミーティングの内容をまとめるのは簡単な仕事ではありませんでした。
隣の研究室にいると、こういう仕事はざらなんだろうなともうと、友人達を尊敬せずにはいられない僕でした。
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